皆さんはフナ(鮒)を食べたことはあるでしょうか。
池や川で群れをなして泳いでいる銀色のあいつです。
先日、新鮮なフナを食べる機会を得たため、その味わいについて記します。
フナという魚
フナはユーラシア大陸に広く分布するコイ目コイ科コイ亜科フナ属に分類される魚の総称であり、ギンブナ、ヘラブナ、ゲンゴロウブナ等の多種に分類されます。
日本のほぼ全土の河川、湖沼、溜池等に分布し、汽水域にも生息可能であり、水質環境の悪化にも耐性があります。幼魚は水草の多生した止水を好み浮遊動物や付着生物を食べ、成魚は泥底で底生動物や付着藻類を食べるようになります。
人間の身近に生息することから、日本では古来から釣りの対象魚として親しまれるほか、食用にもされてきました。
現在も全国各地にフナを食する慣習があり、愛知県・岐阜県・三重県の鮒味噌、岡山県の鮒飯、そして滋賀県の鮒寿司が有名ですが、私の郷里である島根県もフナを食べる地域の1つです。
フナの入手
フナを求めて ~スーパー編~
2018年末に島根県へ帰省し、食材の買い出しのため家族とスーパーへ出掛けた際、私はすぐさま鮮魚売場へ向かいました。
鮮魚売場には、80cmはあろうかというブリ、日本海の特産であるノドグロ(アカムツ)、冬が旬のエテカレイ等が並んでいましたが、私はそれらの立派な魚達には目もくれず、小さな刺身のパックを手に取りました。もはや言うまでもなく、お目当てのフナの刺身を見つけて飛びついたのです。
その刺身はフナの身を幅5mmほどに薄く切り、茹でたフナの卵を全体にまぶしたものでした。身を味わうとともに、卵のプチプチとした触感を楽しめる調理法であり、中国地方ではフナを生食するにあたり主流な調理法です。
買い物をしている家族のもとへ嬉々として持ち帰ると、父が「そのフナは岡山産だろ」と一言。
慌てて確認してみると、確かに岡山産との表記が。島根県のスーパーで売っているフナですから宍道湖産だと思い込んでいましたが、どうも岡山県には湖沼が多くフナがたくさん獲れるため中国地方に広く流通しているようなのです。
フナを求めて ~老舗魚屋編~
「別に岡山産でもいいか…久々に食べてみようと思った程度だし」と考えていたところ、父から「宍道湖産のフナを買いに行くか」との提案が。折角なら宍道湖産のフナが食べてみたいというわけで、お店へ向かいました。
今回訪れた「石川屋」さんは、松江城のほど近くにある鮮魚店で、江戸時代から続く老舗です。 お店へ着くと、まずは歴史を感じさせる佇まいに驚かされます。
店舗は木造の古い町屋といった造りで、外観は書道店や呉服屋のよう。魚介類を扱うとなると、商品の準備や店舗の清掃に大量の水を使いますので、木造建築の鮮魚店というのは珍しいかもしれません。
店内に入ると、年越し用の魚料理の注文が殺到しているためか「本日は店頭に並んでいる商品はお買い上げいただけますが、お造りの注文はお受けしかねます」との張り紙があり、並べられている鮮魚も少なめでした。
それでも、マトウダイやノドグロ等はツヤツヤと新鮮な様子であり、さすがは老舗、品質への拘りが感じられます。しかし、ぐるりと見渡してもフナの姿がありません。
「今日は仕入れがなかったのか」と考えて落胆していると、店員さんが店先に置かれた大きな桶のところへ案内してくれました。覗いてみると…いました!体長は40cmほど、銀鱗を煌めかせながら、丸々としたフナ2匹が桶の中を泳いでいます。
フナを求めて ~雌雄決着編~
これでフナを入手できることは確定しましたが、1つ懸念が残ります。「フナの刺身には茹でた卵をまぶして食べるとおいしい」のは前述したとおりです。
しかしながら、当然ですが、雄のフナのお腹には卵は入っていません。持ち帰るフナが雌でなければ、刺身に卵をまぶすことはできないのです。
そこで、我々は店員さんに「できれば雌がいい」と伝えたわけですが、よく考えるとこれは難しい注文でした。フナは外見から別種・亜種・同種を区別できず生物学的な分類もできないような魚ですから、パッと見て雄雌を判断するのも難しいでしょう。
店員さんは「卵があるといいんですが」といいながら包丁を入れてくれましたが、案の定「すみません、雄でした」とのこと。こちらこそ無理を言ってすみません。
その後、店員さんからは「次回は雌をご用意できるように」と言っていただいた上、「雄だったので」と値引きまでしていただき、我々は1,800円(売値2,000円-値引き200円)で立派なフナを買い求めることができました。
なお、高級魚として名高いノドグロも山陰では25~30cm程度で2,000円ぐらいですから、フナも存外いい値段がしますね。時間を掛けて泥抜きをしないといけないとか、活かしておかないとまずくなるとか、手間賃が掛かるのかもしれません。
フナの食味
若干の紆余曲折がありましたが、我々はフナを入手し、帰宅することができました。
その後、皮の硬さや独特の骨の配置にやや難儀しながらも調理し、以下の3品としていただきました。
フナの味わい ~刺身&漬け編~
まずは定番の刺身で食べてみました。フナやコイは骨の配置が独特であり、3枚におろした状態でも、背中側の真ん中に骨が残ります。
この骨は複雑に湾曲して身の内部に入り込み、取り出すのは非常に困難であり(骨抜きで引っ張ってもビクともしない)、刺身も骨ごと食べるようになります。
とはいえ、そのままでは食べにくいため、気にならない程度まで骨を細かくする必要があります。方法としては、アナゴやハモをさばくときのように細かく包丁を入れる(骨切りをする)か、薄めにそぎ切りするといったところでしょう。
今回はそぎ切りにしました。調理前はあまりおいしそうに見えなかったフナですが、刺身にすると薄桃色で透明感のある身がとても美しいですね。特に今の季節のフナは「寒ブナ」と呼ばれる旬の魚であり、腹身の白っぽさからも分かるとおり、とても脂がのっています。
食べてみたところ、まずは歯ごたえの強さに驚かされます。食感はものすごく新鮮なタイを食べているのに近く、もはや「ゴリゴリ」と形容するのがしっくりくるほど。
薄切りにしたため骨もさほど気にならず、噛みしめていると身の甘みが広がり非常な美味です。ポン酢とネギを絡めて食べれば、ハギのような風味にもなりました。
醤油・酒・味醂少々で漬けにしてみると、これがまた旨い。身の固さが少しやわらぎ、醤油や酒の塩気が脂がのったフナの旨さを引き立てます。ご飯にのせれば、何杯でも食えそうな味わいです。
なお、河川や湖沼に棲む淡水魚ですから「身に泥臭さがあるのではないか」とは当然思っていましたが、不思議なことに匂いは全くありません。このフナが棲んでいた宍道湖が淡水と海水が混ざった汽水湖であることや、石川屋さんの泥抜きが巧みであることが関係しているのでしょう。
フナを好む私や父はもちろん、これまでフナを食べたことがない妹や、「フナやコイは嫌い」と宣言する母も次々と箸を進め、その日のうちに食べ尽くしてしまいました。
フナの味わい ~白子煮付け編~
今回のフナは雄だったため卵はありませんでしたが、代わりに白子(精巣)を石川屋さんのご配慮で付けていただきました。
白子に関しては調理法もよく分からなかったものの、私は「とりあえず食べてみよう」と思い、醤油・味醂・酒・生姜で煮付けにしてみました。
「新鮮なフナだから内臓もまずいわけはない」と不安を拭いつつ口にしてみると、表面はなんともプリプリとした食感!内部はトロリとした舌触りでうまみが濃厚!
過去にフグやタイの白子を食べたことがありますが、それらと比しても劣るところはないのでは…と思わされるような美味でした。
猟師の方々はシカやヒグマを獲った直後に、肝臓・心臓・腸管膜などを賞味するといいますが、魚についても同様で新鮮な場合はどこを食べてもおいしいのでしょうね。
おわりに
新鮮なフナを食べるという珍しい体験ができたので、その食味のご紹介 及び 舌の記憶を残す目的で、記事を書かせていただきました。
帰省中の出来事であったため、フナコク(フナを輪切りにして濃漿で煮込んだもの。美味だが料理の匂いが非常に強いという)を作ることはできませんでしたが、いずれ挑戦したいですね。
フナやコイといった淡水魚を好んで食べることは、ともすれば「ゲテモノ食い」とみなされがちです。しかし、高級食材とされるウナギも同じ淡水魚です。
海のない国に住む外国人から見れば、タイを食べようが、クエを食べようが、フナを食べようが、ナマズを食べようが、すべて「魚を食べている」と一括りにされるでしょう。何が通常食で何がゲテモノなのか、その境界線を定めることは誰にもできません。
それに「あれはゲテモノ」「これもゲテモノ」と忌避していると、時には本当に美味しい食べ物を見逃すこともあり、食の楽しみを損なうことにもなるでしょう。今回は固定概念に捉われずフナを食べてみることで、美味を堪能することができ、満足しています。
ただし、フナを含む淡水魚の生食には食あたりの危険性があることは否めません。清流に住むイワナやアマゴでさえ、刺身で食べると寄生虫による感染を起こすことがあるというぐらいですから。近所の河川や湖沼に棲んでいるフナを捕まえて食べるのはおすすめしません。
料理店のメニューや、目利きが確かな鮮魚店で見つけた場合には味わってみてはいかがでしょうか。存外においしい魚ですし、貴重な経験にもなると思います。
コメント