磯の珍味「カメノテ」の話

大学生の頃、何度か無人島に行った。所属していたサークルの「食料を持たずに無人島に行き、5日間なんとか暮らしてみる」というコンセプトの活動だったが、思い返すと無人島サバイバルは想像以上に過酷だった。

苦労した点は幾つもあるが、今回は食事に注目しよう。無人島では基本的に腹一杯食べることはできないと考えて良い。頑張って魚を突き、海に潜って貝を集めても、複数の大人が満足できるカロリーの食料を入手するのは難しい。よほどな大漁や大物が獲れたときは別だが、いつも期待できることではない。

この程度ではあっという間に食べ尽くしてしまう

そして、飽食に慣れた現代ではあまり感じることはないが、飢餓状態が人体に与える影響は存外に大きい。まず、強い空腹感は人をイライラさせる。さらに空腹感が強まると、意欲が減退し何をする気も起きなくなる。このような精神作用は無人島生活において大敵。チーム内の仲間割れを引き起こした後、誰も漁をしなくなり食料が枯渇するためだ。

飢えに苦しんでいたとき、浅瀬に迷い込んできたメジナ
大きさは60cm程度だろうか、まさに奇跡である

そのような事態を避けるために、全力で食料の採取に努める必要があるものの、これまた一筋縄ではいかない。天候が悪いと海に潜れず貝が獲れないし、釣りをしても魚の活性が低く全く釣れないこともある。そんな苦境の救世主となるのが「カメノテ」だ。

カメノテは節足動物門 甲殻綱 蔓脚亜綱に属する生き物。名前には馴染みがないかもしれないが、各地の磯場の岩や防波堤の隙間に群生しているため、目にしたことがある人は多いだろう。その見た目は、名前のとおり「亀の手」に似ている。

カメノテ 爪のような部分ではなく、黒い皮の内側に可食部がある

無人島でもカメノテは岩場に群生していた。採取方法は簡単で、岩にくっ付いている根元の部分にナイフを突っ込めばザクリと外れる。それに、天気が悪くとも岸辺をウロウロするだけでいくらでも採取できる。食料の調達が安定しない無人島生活においては貴重な存在だ。

無人島の美しい海&カメノテを採取している様子

たくさん獲れても食べられなくては意味がないが、カメノテは食味の点でも優れている。海水を沸かして煮てやるだけで十分に旨いのだ。良いダシが出るので、味噌汁の具としても優秀。茹でたカメノテは、根元側の黒い皮を引っ張ると皮がピリッと剥け、薄ピンク色の可食部が現れる。可食部はカメノテ全体と比べれば数分の1程度と小さい。

カメノテの見た目は貝のようだが「節足動物門 甲殻綱 蔓脚亜綱」に属する生き物であるから、分類としてはエビやカニの近類だ。その食味を表現するならば…食感は貝のように弾力があり、エビやカニのように旨みが強く、豊かな磯の香りが伴う…といったところだろうか。

中央のピンク色の部分をかじり取るようにして食べる

前述のとおり可食部は小さいのだが、ひとつひとつ皮を剥きながら食べていると、食味の良さも相まってなかなかの満足感が得られる。カメノテを食べて英気を養った我々は、さらなる食料の採取に励み、無人島生活を生き抜くことができたのだった。

今もその美味が忘れられず、仲間と海辺でキャンプをする際に採って食べたりしているが、やはり旨い。特に酒を酌みながら、チマチマとつまむのは最高だ。水質の良い海辺ならタダで入手できるし、居酒屋などでも(やや高値ではあるが)食べることができるため、興味がある方は一度味わってみてはいかがだろうか。

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