中国古典名言集【その1】

以前、ツイッターで 中国故事名言bot というbotを運営していました。

が、久々に状況確認してみると、自動投稿のために用いていたサイトが閉鎖したことに伴い機能停止していました。

フォロワーも3,000人ぐらいまで増えていたので、botを再開するかどうかは考え中ですが…たとえ再開するにしても、これまでつぶやいてきた名言を整理しておく必要があります。

また、botを再開しなかった場合には、苦労してデータ化&現代語訳した名言集も腐らせてしまうことになりますから、いささか惜しくも思われます。よって、以下のとおりカテゴリ分けして紹介することにしました。

学問・教育

学びて時に之れを習う、また説(よろこ)ばしからずや。(『論語』学而) 
学んだことを、繰り返し復習して身につけていくことは無上の喜びだ。
謂うこと勿れ、今日学ばずして来日ありと。(『古文真宝』朱文公勧学文) 
今日学ばないでおいて、明日も明後日もあるというな。
来たり学ぶを聞けども、往きて教うるを聞かず。(『礼記』曲禮上) 
教えを受ける者はすすんで来て学びとるべきである。教えを与える者から出向いて教えるなどとは聞いたことがない。
記問の学は、以て人の師と為るに足らず。(『礼記』学記) 
単なる物知りで実行の伴わない者は、人の師たる資格はない。
三人行くときは、必ずわが師あり。(『論語』述而) 
二人の人間と行動を共にすれば、この二人のうちのどちらか、必ず一人は学ぶべき人がいるものだ。

禍福・盛衰

禍いは細微より起こる。(『説苑』敬愼) 
禍いは小さな油断から起こる。
禍は足ることを知らざるより大なるは莫(な)し。(『老子』四十六章) 
満足をすることを知らず、自分に似合わない大欲をかくことが大きな禍の原因となる。
色をもって人に事(つか)うる者は、色衰えて愛弛む。(『史記』呂不韋伝) 
容色によって愛された者は、容色が衰えるとその寵愛は薄れてしまう。
狡兎死して走狗烹られ、高鳥尽きて良弓蔵れ、敵国破れて謀臣亡ぶ。(『十八史略』西漢 高祖)
 逃げ足の速い兎が捕まってしまえば、猟犬は必要なくなり煮て食われる。空を飛ぶ鳥が獲りつくされると、出来の良い弓もしまいこまれる。同様に、敵国が滅びれば、優れた家臣も殺されてしまう。
武帝の宮中人去り尽くす。年々の春色誰が為にか来たる。(岑參「登古鄴城」) 
魏の武帝(曹操)が栄華をきわめた鄴の都城も、既に廃墟となり人影もない。年々の春は昔ながらに訪れて古城をいろどるが、もはや誰のために来るのであろうか。
一葉落ちて天下の秋を知る。(『文騄』) 
梧桐の一葉の落ちるのを見て、秋の来たことを知る。事物の兆しを見て、衰勢を察するたとえ。
国破れて山河在り。(杜甫「春望詩」) 
国家は亡び人民は離散したが、自然の山河のみは変わらず昔のままにある。

君子・大人

四海を以て家と為す。(『後漢書』王符傳) 
王者は天下を我が家とする。
君子は言に訥にして、行いに敏ならんことを欲す。(『論語』里仁) 
立派な人物は、弁舌は達者でなくとも、行動は速やかであるよう心がけるものだ。
君子は其の志を得るを楽しみ、小人は其の事を得るを楽しむ。(『文韜』) 
君子の楽しみは理想の実現にあり、小人の楽しみは目先の仕事を成すことにある。
君子は中庸をす。小人は中庸に反す。(『論語』二章) 
君子は何事においても中庸を旨とする。対して、小人は極端な行ないをする。
君子は人に贈るに言を以てし、庶人は人に贈るに財を以てす。(『荀子』大略篇) 
君子は善言を人に贈る。庶民は財宝を贈る。
君子は交わりを絶つも悪声を出ださず。忠臣は国を去るも其の名を潔くす。(楽毅「報燕恵王書」) 
君子は絶交した後も相手の悪口を言わない。また忠臣は、仕えた国を去ったとしてもその国を貶めることはない。
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず。(『論語』子路) 
君子は協調性に富むが、無闇に妥協することはない。小人はやたらと妥協するけれども、真の協調性には欠けている。
泰山は土壌を譲らず、故に大なり。河海は細流を択(えら)ばず、故に深し。(『十八史略』秦始皇) 
泰山はどんな小さな土くれも受け入れたから大きくなり、黄河や大海はどんな細流も取り込んだためにあのように深くなった。
泰山は土石を辞せず、故に能く其の高さを成す。(『管子』形執解) 
泰山は小さい土壌も譲らずに受け入れるから、あのように高くなった。大人物たらんとするならば、度量を広くして、多くの人物を容れる雅量が必要だ。
大巧は拙の若し。(『老子』四十五章) 
巧みの極地は、一見、拙劣なものに見える。
物を以て喜ばず、己れを以て悲しまず。(范文正公「岳陽楼記」) 
仁者たる者は、富貴権勢や美物に接しても、特に喜ぶことはない。また、どんな逆境に置かれても、そのために悲しむこともない。
堯舜は璧を山に抵ち、珠を谷に投ず。(『十八史略』唐 太宗) 
堯舜のような聖天子は、世のなか一般が宝とする玉などを尊びはしない。それよりは良臣を宝としてこれを得るように努めた。

国家・政治

一国は一人を以て興り、一人を以て亡ぶ。(蘇洵「管仲論」) 
一国は一人の力によって栄えもし、また亡びもする。
大風起こりて雲飛揚す。威、海内に加わりて故郷に帰る。(漢高祖「大風歌」) 
大風が起こって雲を吹き散らすように、兵を挙げて敵を粉砕した。そして勢威を天下に及ぼして、今、故郷に帰ったのだ。
国家の急を先にして、私讐を後にす。(『十八史略』春秋戦国 趙) 
国家の危急を救うことを優先し、私事の恨みなどは後回しにするのだ。
民を貴しと為し、社稷之れに次ぐ。(『孟子』盡心下) 
人民があって国家があり、国家があってこれを治める君主がある。軽重をいえば、根本である民が最も貴いともいえよう。
天下に宰たるを得しめば、亦た此の肉の如くならん。(『十八史略』西漢 高祖) 
もし私に天下を切り盛りさせるなら、この肉のように見事に料理してみせよう。後に漢王劉邦の宰相となる陳平が、年少時、祭りの料理人をした際に発した言葉。
天下は天下の天下なり。(『六韜』文韜 文師)
天下は天下の人々の共有物であり、君主一人が独占してよいものではない。 
治世は大徳を以てし、小恵を以てせず。(『三国志』諸葛亮) 
世を治めるには、大きな恩徳をもって政治を行うことが肝要だ。無闇に小さな恩恵を振りまくことで行うべきではない。
人主は二目を以て一国を視、一国は万目を以て人主を視る。(『韓非子』外儲説右上) 
君主は自分の二つの目のみで一国の様子を見ているが、一国は万人の目をもって君主の行いを見ているものである。

飲酒・趣味

今宵酒あれば今宵酔い、明日愁い来たれば明日愁う。(權審 絶句詩)
今夜酒があるなら今夜酔い、明日愁いが来れば明日愁うがよい。 
酒極まれば乱れ、楽しみ極まれば悲しむ。(『史記』滑稽列伝) 
酒も過ぎれば醜態をさらし、 楽しみも過ぎれば悲しみとなる。
酒に対しては当に歌うべし。人生幾何ぞ。譬(たとえ)ば朝露の如し。(曹操「短歌行」) 
酒を飲んだら大いに歌うがよい。人生はどれくらい長いというのか。たとえれば朝露のように儚いものだ。
天地既に酒を愛す。酒を愛するは天に愧じず。(李太白『燭酌』) 
天には酒星という星があり、地には酒泉という地方がある。天も地も酒を愛したに違いないから、我々が酒を愛することを天に恥じる必要はない。
飲むこと長鯨の百川を吸うが如し。(杜甫「飲中八仙歌」) 
その飲みっぷりたるや、あたかも大鯨が百川の水を飲み干すような勢いである。
花は半開を看、酒は微酔に飲む。(『菜根譚』後集百二十二) 
花は半分ひらいた頃に見るがよく、酒はほろ酔い加減に飲むのが楽しい。
百年三万六千日。一日須く傾くべし、三百杯。(李白「襄陽歌」) 
人生百年を生きたとしても、所詮は三万六千日しかない。だから、一日にせめて三百杯の酒は飲むがよろしい。
身後に金を堆くして北斗に挂くるは、生前一樽の酒に如かず。(白居易「勧酒詩」) 
死後に沢山の財産を残すより、生前に一樽の酒を楽しむ方がよい。
楽(がく)は楽(らく)なり。(『礼記』楽記) 
音楽は、元来楽しむべきものである。

智恵・才能

汝、曹公を観んと欲するか。またなお人のごとし。四目両口あるに非ず、ただ智多きのみ。(『三国志』曹操) 
諸君は曹操を見たいのか。私とて人間だ。目が四つ、口が二つもあるわけではない。ただ、知恵が多いだけだ。
智者は幾を知りて固く守る。(『近思録』出処) 
智者は、物事の兆しを早く見破って、これに対処する道を固く守る。
智は円をならんことを欲し、行いは方ならんことを欲す。(『淮南子』守術訓) 
智力は円転闊達で、万事に応ずることができるようにすべきだ。対して、行いは方正厳格にして、礼に合致することを欲するべきだ。
智は猶お水の如し。流れざるときは則ち腐る。(『宋臣名言行録』張詠) 
流れずに淀んでいるばかりでは水は腐る。人の知識も同様で、運用しなければ直に使い物にならなくなる。
知る者は言わず、言う者は知らず。(『老子』五十六章) 
真の知者は寡言である。あれこれと話すのは知恵のない者だ。
知の難きにあらず、知に処するは即ち難きなり。(『韓非子』説難) 
知識を得ることが難しいのではない。得た知識を時節に応じてどのように処理するかが難しいのである。
之れを知ることの難きには非ず、之れを行なうこと惟れ艱し。(『書経』説命中) 
知ることが難しいのではない。知ったことを実行するのが難しいのだ。
之れを知るを之れを知ると為し、知らざるを知らずと為せ。是れ知れるなり。(『論語』為政) 
知っていることは知っているとし、知らないことは知らないと認める。それが、本当に知っているということだ。
不知を知れば上、知を知らざれば病。(『老子』第七十一章) 
知の限界を悟るのが、真の知である。知の限界を悟らぬのは、迷妄である。

天命・時機

時務を識(し)るは俊傑に在り。(『三国志』司馬徽) 
その時勢において何を為すべきか見抜くことができるのは、英傑のみである。
天時に非ざれば、十堯と雖も、冬、一穂を生ずること能わず。(『韓非子』功名) 
たとえ堯帝のような明君が十人いたとしても、冬場には一本の稲穂さえ育てることができない。時節に合わなければ、いかなる人でも力を発揮することはできない。
時は得難くして、失い易し。(『史記』斉太公世家) 
良い時機は得がたく、失いやすいものだ。
命を知るものは、天を怨まず。(『荀子』栄辱篇) 
天命を知っている者は、これに安んじて怨み悲しむことはない。
天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず。(『孟子』公孫丑)
天の与える好機は土地の形勢が有利であることには及ばず、土地の有利な形勢も民心の和合には及ばない。
天の与うるを取らざれば、悔ゆるとも追うべからず。(『三国志』孔融) 
天の与えたものを受け取らなければ、あとで後悔しても間に合わない。好機は逃さず掴まねばならない。
事を謀るは人にあり、事を成すは天にあり。(『三国志』諸葛亮) 
作戦を立てて実行に移すのは人間のすることだが、その成否は天が決することで人智の及ぶところではない。

立身・出世

治世の能臣、乱世の姦雄なり。(『三国志』許劭) 
太平の世にあっては有能な臣として働くが、乱世には奸智を駆使して暴れまわる英雄の素質がある。 魏の曹操を評した言葉。
鱗を清流に濯い、翼を天衢に飛ばす。(阮瑀「為曹公作書与孫権書」) 
高い位に昇り、名声を振るうたとえ。
王侯将相、寧んぞ種あらんや。(『十八史略』春秋戦国 秦) 
王族や貴族、将軍や宰相とて、決して特別な人種ではない。
青は之を藍に取りて、藍よりも青し。(『荀子』勧学編) 
青色は藍という草からとってできるが、その色は本となった藍よりも青い。弟子が師を超えるたとえ。
位なきを患えずして、立つ所以を患う。(『論語』里仁) 
地位を得られないことを思いわずらうよりも、地位につくに足る実力を身に付けるよう努力することだ。
蛟竜雲雨を得ば、終に池中の物に非ず。(『三国志』周瑜) 
竜や蛟が雲雨を得れば、いつかは天に昇るもの。小さな池の中にひそみ続けるはずはない。英雄は時節を得れば、天下に飛躍するものである。
氷は水之れを為して、水よりも寒し。(『荀子』勧学篇) 
氷は水からできるが、水よりも冷たい。弟子が師を超えるたとえ。
躁進は徒為のみ。(『小学』外篇 寡言) 
やたらに早く出世しようと焦るのは、意味のないことだ。

交際・人事

愛すれども其の悪を知り、憎めどもその善を知る。(『小学』内篇 敬身) 
たとえ愛していても、その人に悪い点があれば、その点はわきまえていなければならない。反対に、たとえ憎んでいても、その人に長所があるならば、それを見落としてはならない。
一悪を以て衆善を忘れず。(『帝範』賓客) 
一つ悪いところがあるからといって、他の多くの良いところを捨てることはない。
一手独り拍(う)てば、疾しと雖も声なし。(『韓非子』功名) 
片手のみをどんなに速く動かしても、音は出ない。全てのことは、相応じるものがなければ成るものではない。
怨み豈明らかなるに在らんや。見えざるを是れ図れ。(『左伝』成公十六年) 
他人の怨みは、あらわに出てくるものだけではない。むしろ目に見えない所にこそ積み重ねられているものである。その見えない怨みに注意していかねばならない。
怨みに報ゆるに徳を以てす。(『老子』六十三章) 
怨みに対しては徳をもって報いるがよい。
君去らば、春山誰れと共にか遊ばん。(『三体詩』劉商「送王永」) 
君が去ってしまったら、これから誰と共にこの山野の春を楽しんだらよかろうか。
君に勧む更に尽くせ一杯の酒。西陽関を出ずれば故人なからん。(王維「送元二使安西」) 
これから西陽関を越えれば、あなたのような古い友人もなくなろう。今宵はさらに一杯の酒を飲み、語り合おうではないか。
孤の孔明あるは、猶魚の水あるがごとし。(『三国志』劉備) 
私のもとに諸葛孔明がいるのは、まるで魚に水があるように欠かせないものである。君臣の親しい交わりを表した言葉。
去る者は日に以て疎し。(古詩) 
いかに親しかった者でも、遠く離れていると、次第に疎遠になりがちだ。
豎子、ともに謀るに足らず。(『史記』項羽紀)
考えの浅い者とは、重大なことについて相談しても仕方がない。 
珠玉側にあれば、我が形の穢きを覚ゆ。(『晋書』衛介傳) 
立派な人物が傍らにいると、我が身の至らなさが恥ずかしく感じられる。
小知には事を謀らしむべからず。(『韓非子』飾邪) 
生半可な知識しか持たぬものに、重大な物事をはからせてはいけない。
争気ある者とは、与に弁ずる勿れ。(『荀子』勧学篇) 
やたらに人と争い競う性質の者とは、物事の是非を語り合うことはしない方がよい。
備わらんことを一人に求むることなし。(『論語』微子) 
人にはそれぞれ長短がある。人を用いるにあたって、一人の人間にあれもこれもと完全を要求してはならない。
その長ずる所を貴び、その短なる所を忘る。(『三国志』孫権) 
人を用いるにあたっては、相手の短所には目をつぶり、長所を発揮できるように仕向ける。
天に在っては願わくは比翼の鳥とならん。地に在っては願わくは連理の枝とならん。(白楽天「長恨歌」) 
われわれ両人は、天にあるならば、片羽を並べて飛んでいく比翼の鳥になろう。地にあるならば、枝を連ねて離れない連理の枝のように、いつまでも離れまい。
花発(ひら)けば風雨多く、人生別離足る。(于武陵「勧酒」) 
花が咲けば風雨がやってくる。とかく人生には別れが多い。
人の小過を責めず。人の陰私を暴かず。人の旧悪を念(おも)わず。(『菜根譚』前集百五) 
他人のささいな過ちは大目にみるがよい。隠している私事は暴かない。過去の罪悪などを根にもつべきではない。
人の不善を言わば、当に後患を如何にすべき。(『孟子』離婁下) 
世の中には人の不善をあげつらう者がいるが、それらの人は後にこうむる災いをどうするつもりか。悪口は言うべきではない。
人を疑いては使う勿れ。人を使うては疑う勿れ。(『金史』煕宗紀) 
自分が疑いを感じている者を用いてはならない。また、人を用いた以上は、その人を疑ってはならない。
人を用うるは、猶お匠の木を用いるがごとし。(『十八史略』春秋戦国 魯) 
聖人が人を用いるにあたっては、まるで大工が木を用いるように、長所をとって短所を捨てる。
貧賤の交わりは忘るべからず。糟糠の妻は堂より下さず。(東漢 光武帝) 
貧乏時代の友人のことは、いつになっても忘れてはいけない。また、糟や糠を食べて過ごすような苦労をともにしてきた妻は、大切に扱わなければならない。
鳳凰は燕雀と群をなさず。(『史記』日者列伝) 
霊鳥たる鳳凰は、燕や雀と群をなさない。同じように、賢者は愚者と行動をともに出来ないのだ。
交わりを絶ちても悪声を出ださず。(『史記』楽毅伝)
君子は絶交したからといって、相手の悪口を言わないものだ。 
丹の蔵する所の者は赤し。(『孔子家語』六本) 
赤土の中に納められたものは赤くなる。人は交わる友によって善にも悪にもなるたとえ。
人に与えては徳に感ずることを求めざれ。怨みなきは便ち是れ徳なり。(『菜根譚』前集二十八) 
人に恩恵を施して、その恩恵に感謝することを求めるな。与えて、それで怨みを受けなければ、それこそが施した恩恵の報いだと考えよ。
百足の虫は、死に至るも僵れず。(曹冏『六代論』) 
足の多い虫は、死んでも倒れない。助けの多い者は容易に滅びることはない。
才あらば適せざるなし。行けや、徒(いたず)らに労すること莫れ。(高適「送柴司戸充劉卿判官之嶺外」) 
才能さえあれば、どこへ行ってもうまくやっていけるものだ。いたずらに心を労することなく、出かけるがよい。
ただ才のみ是を挙げよ。吾得て是を用いん。(『三国志』曹操) 
出自や人格には構わず、才能のある人物を推挙せよ。私が登用し、その才を活躍させよう。
舟覆りて、乃ち善く游(およ)ぐを見る。(『淮南子』説林訓) 
舟が転覆して、初めてその中の人が泳ぎが巧みであることがわかる。能ある者が艱難に際して現れてくること。
終身の計は人を樹うるに如くはなし。(『管子』権修) 
終身の計を為さんとするならば、良い人材を育成するのが最良である。
吾、天下の智力を任じ、道を以て之れを御せば、不可なる所なし。(『三国志』曹操) 
天下の智者を配下に集め、道をもって彼らを使いこなせば、いかなることでもやり遂げることができる。
力を以て人を服する者は、心服に非ざるなり。力贍(た)らざればなり。(『孟子』公孫丑上) 
力で人を服従させても、服従させられた側は心服してはいない。反抗するだけの力がないから、やむを得ず従っているだけである。
一人、官を兼ねず。一官、事を兼ねず。(『韓非子』難一) 
一人があれこれに手を出さず、一つの官職、一つの職務に専心するべきである。
猛獣は伏し易く、人心は降し難し。(『菜根譚』後集六十五) 
猛獣は恐ろしいが、退治することはまだ容易である。しかし、人の心を服させることは誠に難しい。
良弓は張り難し。(『墨子』親士) 
強い弓を引くのは難しい。同じように、優れた人材を真に使いこなすことは難しい。

まだかなり残っているため、次回に続きます。

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